2008年08月23日(土)
翠渓会四国支部・遠征釣行【西日本圏本部四国遠征・四万十本陣】1


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翠渓会四国支部・遠征釣行【西日本圏本部四国遠征・四万十本陣】1
『日本最後の清流・四万十川水系』
「THE源流点~196Kの川旅、曲流蛇行の末、悠美の夕景が広がる・四万十川」
四万十市(旧中村市)となった、中村城のある城下町中村。為松公園が中村城の跡地で、模擬天守閣が建つ。市内はノスタルジックな雰囲気と、潮の香のする、古い町並みを残した歴史の町だ。ちょっとタイムスリップしたような町角もあり、萩や津和野にも似てる長い土塀の民家、武家屋敷などがある。四国の城下町の中では規模は小さいが、歴史は古く、中世は足利一門細川氏や藤原氏一門の一条氏が支配していた。が戦国期は、四国統一を成し遂げた、長曾我部氏の侵攻にあった。江戸期は土佐藩領だ。四万十川は約200Kの川で、日本の川では長い方になる。四万十川が日本最後の清流と言われる所以は、やはり下流域の自然河川の姿だろう。東の四国三郎吉野川のように、四国アルプスを水源とせず、またその流れも、水利発電やダムの構築を拒んでもよい環境位置にある為、下流の雄大な流れが失われずにいる。川漁が盛んで、職漁師もいる。また川は海運の道筋としての利用価値も高く、川の道の要衝地を作り出す。是非今のままの姿で、次世代に残したい清流だ。今回は四万十川源流点を目指し、源流地域の深釣をした。四万十川源流点には、簡単に行けるが、敢えて源流点より下流部を釣る。


『日本最後の清流・四万十川水系』
「THE源流点~196Kの川旅、曲流蛇行の末、悠美の夕景が広がる・四万十川」
四万十市(旧中村市)となった、中村城のある城下町中村。為松公園が中村城の跡地で、模擬天守閣が建つ。市内はノスタルジックな雰囲気と、潮の香のする、古い町並みを残した歴史の町だ。ちょっとタイムスリップしたような町角もあり、萩や津和野にも似てる長い土塀の民家、武家屋敷などがある。四国の城下町の中では規模は小さいが、歴史は古く、中世は足利一門細川氏や藤原氏一門の一条氏が支配していた。が戦国期は、四国統一を成し遂げた、長曾我部氏の侵攻にあった。江戸期は土佐藩領だ。四万十川は約200Kの川で、日本の川では長い方になる。四万十川が日本最後の清流と言われる所以は、やはり下流域の自然河川の姿だろう。東の四国三郎吉野川のように、四国アルプスを水源とせず、またその流れも、水利発電やダムの構築を拒んでもよい環境位置にある為、下流の雄大な流れが失われずにいる。川漁が盛んで、職漁師もいる。また川は海運の道筋としての利用価値も高く、川の道の要衝地を作り出す。是非今のままの姿で、次世代に残したい清流だ。今回は四万十川源流点を目指し、源流地域の深釣をした。四万十川源流点には、簡単に行けるが、敢えて源流点より下流部を釣る。

投稿者 翠渓会・西日本圏基幹G京都本部 23:03 | コメント(0) | 日本渓流JP翠渓会,JP翠渓会・西日本圏基幹G京都本部
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